マスコミは「銀塩の良さもあった」「デジタルは味気が無い」という論調だが、忘れて欲しくないことがある。
デジタルの普及によって、より多くの人がカメラに触れ、より多くの人が写真を撮るようになったことは事実なのである。
人は古きを懐かしむ。特に日本人はそうだ。
レコードを愛し、フィルムカメラを愛す。おそらく古きというよりは「もの」に対する愛着の念なのだろう。
便利さと引き換えに失った味わいであり、こだわりであり、質感に対して「これでいいのか」と思うわけだ。
私の周りにも最近のミュージックプレーヤーに一言物申す人がいる。
その人曰く、本当の音というのはMP3では聞けない、MP3で聞く流れが強まると人の音に対する感覚が衰えると警鐘を鳴らしている。
確かにその面はあるかもしれない。
しかし、MP3プレーヤーの普及により人は以前より多くの曲を聴くことができるようになった。
一つ一つの曲を本当の音で聞くことと、より多くの曲を聴き感受性を高めること、それはどちらも大事なことである。決して音楽がないがしろにされているわけではないのだ。
コンサートを聞く需要は相変わらず旺盛なのだから。
フィルムカメラも同じである。
確かに、現像するまで分からないフィルムカメラよりすぐ確認でき、すぐ消去できるデジタルカメラの普及により、一つ一つの写真に対する情熱、こだわりは失われたのかもしれない。
しかし、裕福な人でなくともフィルムを気にせず、多くの写真を撮ることができ、また撮ったその場で確認できることにより、より優れた写真が世に出ることになり、フィルムカメラの時代には写真では存在しなかった瞬間が世間に知られることもある。
今後は全ての分野でプロからアマチュアへのシフトが高まるだろう。
そこで技術の低下・質の低下に至るのではなく、裾野の広がりにより新たな質の向上にどう結び付けていくが問題になる。
温故知新。
本当にいい言葉だ。






あまり便利に走り過ぎず、多少の不足があった方が人は『なまけもの』にならなくてよいのでは?
便宜ばかり図りすぎの現代において必要なのはコミュニケーションです。
現代人は頭ちぃっとも良くありませんです。
プログ閲覧もいいけど、もう少し過去の事象は本を読んでみてはどうか…と私は思うのですが…皆様方はどうでしょうか。