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2006年10月19日

核武装論について一言:北朝鮮核

●日本で高まる核武装論

北朝鮮の核実験に関連して中川政調会長や麻生外務大臣が核武装の議論を容認する発言をし、野党から一斉に反発が起きています。
最近では若い人たちを中心に「国防を考えると核武装を検討すべきだ」という意見もちらほら見えるようになってきました。

ちなみに私は「日本は絶対に核を持つべきではない」という立場です。


●国防意識向上のためにも核武装論議自体は良いこと

ただ、善悪論・理想論を抜きにして国防について真剣に考えた時「核オプション」というものがいかに重要な手段であるかは十分に議論すべきだと思います。
実際に日本が今まで平和を謳歌してこれたのはアメリカの核の傘に守られているという否応ない事実があるわけですから。

そういう意味で日本で核武装に対する議論が行われること自体は日本の国防意識の向上を考えれば否定すべきことではないと思いますが、こと政治家は別です。


●政治家の発言は別

政治家が「核武装について議論してもいいんじゃないの?」と言った瞬間に諸外国は「日本、核武装すること考えてるらしいよ」と受け取られてしまうのです。
まだ議論しかしていないのに核武装すると受け取られ、反日感情を高め、諸外国の指導者に軍事力増強の正当性を与えてしまうことは避けるべきです。
日本人は、日本がその強大な経済力をもとに軍事力を増強することをどれ程警戒されているかもう少し自覚すべきだと思います。


で、長くなってしまいましたが、そうした前提の上で私がなぜ(日本の)核武装に反対かというと、それは日本の特殊事情を考慮に入れる必要があるからです。


●日本は唯一の被爆国であるという世界の特殊事情

日本は世界で唯一の被爆国です。核の悲惨さを訴え核廃絶に向けて世界をリードする権利というか使命を帯びている国です。
もし仮に日本が核を持ってしまった場合、世界中の核廃絶運動が正当性を失ってしまうのです。

「平和の為に核を無くすべきなんです!」
「お前そんなこと言うけど、被爆国の日本だって核武装したじゃねぇか。やっぱ核武装は必要だってことじゃん」

とこういう話の流れになるわけです。
唯一の被爆国であるがゆえに世界のためにも日本は核を持つべきではない、いや核を持てない国だと私は考えます。

国防の為に核武装を主張する方も、核が無い世界が一番望ましい未来だということでは一致するはずです。
もちろん核のない世界など理想論ですが、100年200年かけてもその理想に向かって努力する行いを諦めてはいけないはずです。そして残念ながら(?)日本はその理想の実現にあたって重要なポジションを占めている国なのです。


●核保有には時間がかかる、今すぐ必要なら非核三原則の変更を

ちなみに核武装をするとなると核実験に向けた準備等で日本の技術力をもっても5〜10年はかかると言われています。
もし目前に迫った北朝鮮危機のことを考えるなら、時間のかかる独自核保有よりはアメリカの核を日本に持ち込む、即ち「非核三原則」の変更の方がずっと現実的ではあります。


●抑止議論も大事だが、仮に打たれた後の対策は十分なのか

で、私は核保有の議論と同時に日本に欠けている議論として「実際に発射された時日本はちゃんと対応できるの?」という点です。

仮に東京霞ヶ関に北朝鮮の核爆弾が着弾した際、どの程度の範囲が吹き飛び、どの程度の範囲に放射能が放たれ、その速度はどの程度なのか、それをきちんと分析した上で各自治体も含めた非常事態への対応を今一度見直すすべきではないでしょうか。


●マニュアルだけでは機能しない

以前、東京で地震があった際に、東京都の特殊勤務の職員が殆ど都庁に来なかったという事件がありました。大規模災害などの際にいち早く都庁に来て対応するために新宿周辺の一等地に住居をあてがってもらっている職員にも関わらずです。
このように仮にマニュアルがあったとしてもそこに魂が入っていなければ、核爆弾の着弾というあまりの非常事態では全く機能しないことが容易に想像できます。

核爆弾が都心に着弾した際に千葉市はどこまで被害を受けるのか、放射能から逃れるためにどこにどのような交通手段で市民を避難させるのか、そもそも連絡手段はどうするのか、などなど検討すべき項目はいくらでもあるはずです。


「喧嘩上等」みたいな議論だけではなく本当に国民、市民の生命・財産を守るために最善の手が打たれているのか、真剣に議論すべきだと思います。
posted by 熊谷としひと at 08:58| 東京 ??| Comment(3) | TrackBack(1) | 政治・経済・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。核武装論、わたしも日本は絶対核兵器を持つべきではないと思っています。最後になるであろう今年の夏休みは(大学留年しなけばw)、広島や長崎を一人旅して核兵器の恐ろしさを実感しました。私は稲毛に住んで23年になりますが、戦争など過去の歴史を身近に感じることが出来ませんでした。学校の教科書で知るだけで、千葉市立の中学校の修学旅行は長野、県立高校は京都と戦争については一切触れることができません。戦争の事についてもっと目で見て、十分に身近に感じることが出来る教育制度になればいいなと今更ながら思います。
Posted by のり at 2006年10月20日 01:16
>のりさん
コメントありがとうございます!
そうですね。稲毛は確かに距離的に広島・長崎には行かないですよね。西日本の学生は当然通る道なのですが。
おっしゃるとおり、もっと実感できる教育をしなければ身近に感じないのかもしれません。千葉の戦争の被害も含め現実感のある歴史教育を実現したいですね。
Posted by 熊谷としひと at 2006年10月21日 01:11
核兵器というものは理想を言えばやはりもって欲しくないというのが本音ですね。それを造るだけの予算があればほかのもっとためになることがあるような気がします。私自身広島や長崎に旅行で行ったときに、かつての惨状を展示物だけでしか見てませんが、あのようなことは繰り返して欲しくないというか一歩踏み込んだら使おうが使わないが何かが終わってしまう気がしますね。

と上で語ったのはあくまで私の理想論ですが、現実は北朝鮮という無法で危険な国家が日本を射程に収めた兵器をもってそれを使って威嚇させないためにも自営の武器を持つべきではないかと主張する人々もいるわけですよね。その人々に言わせれば私の理想論など平和ボケのお目出たい考えとか、いじめられてもやられっぱなしでいる腰抜けとも写るかもしれません。

まあ、確かにこちらも核兵器を持ってしまえば、北朝鮮もうかつに核をちらつかせることはできないというのは一理あるかもしれません。でも目には目をでは相手と同じレベルに落ちてしまいます。いたずら電話にいたずら電話で仕返しをするようなものです。

現実問題、いくら北朝鮮でもおいそれと核兵器を使うわけにはいきません。使ってしまえば同時にそれはかの国の崩壊が始まる瞬間ともなるのですから…先制攻撃や報復攻撃なんてものは初めから考える必要は無いと思います。本当に自営のためを考えるのならば核兵器をまだ安全な場所で迎撃する高性能なSDIのようなものを持った方がよほど有意義だと思います。核兵器はもてば牽制や報復の兵器にはなっても国民を本当に守る兵器にはなりえないのですから…それを念頭に置いた上で核兵器の云々を議論してもらいたいとも思いますね。
Posted by 休日だけ札幌人 at 2006年11月18日 09:40
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Excerpt: 答えは100%Noである!何故かと言うと、実際に敵国が恐れるのは【核による反撃】ではなく【戦術兵器による反撃】を最も恐れるからである!核保有による【核による抑止力】や【外交カード】として効果を持ち...
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Tracked: 2006-10-20 12:10