ただ、今のところ日本で参加したいとする人は少数派のようです。
主な理由はやはり「人を裁きたくない」「恨まれるのはイヤ」ということかと思いますし、私も同様の思いを抱いております。
ただ、かといって本当に参加しなくていいのでしょうか。
自分が参加しなくとも今もどこかで人は誰かに裁かれており、誰かが誰かに恨まれているはずです。そこに背を向けて自分は無関係でいても本当にいいのでしょうか。
汚れた世界を知らずして汚れた世界と決別できるでしょうか。
そんな偉そうなことを言っている私も参加すれば、悩み苦しみ、もう二度と人を裁きたくない、と思うかもしれません。誤った決断を下し、一生悔いることがあるのかもしれません。
しかし、裁判制度を導入している民主国家に生まれ、意識しない所でその恩恵を受けている国民としては、その経験をすることなしに生きていては、本当の民主国家の国民なのだろうか、私は民主国家の開かれた裁判制度の恩恵を本当に理解できるのだろうかという疑問を私は抱きます。
歴史にはまともな裁判なく裁かれていった人々が無数におり、今も公正な裁判が行われていない国があるのですから。
少なくとも限られた、毎日裁判ばかりしている法曹界だけの裁判より、一般国民が参加した形で裁判を行うことは民主国家としてあるべき道なのだと思います。
そこに多くの苦悩と試行錯誤があったとしても、国民全てが参加し国民全てが悩みことこそが民主主義なのではないでしょうか。






いきなりコメント書いちゃっていいでしょうか。
今茨城で時間の空いてる高田です・・・・
テレビでそのように報道されてますね。
私は、小学生のころ、アガサ・クリスティ全巻読破し、大きくなったら、陪審員になって、ミス・マープルみたいにたちどころに事件を解決したいと思ったものです。
はやく呼び出しがこないかな〜と思ったものですよ。
だけど、日本ではそういう制度がないと知ってがっかりしましたが、やっぱり難しいかもしれないですね。
アメリカのシンプソン事件とか、陪審員の被告へのシンパシィによって判断が左右されたりすることもあるでしょうし。
あれ?陪審員と裁判員って違うんでした?
陪審員は有罪か無罪かを決定し、有罪の場合は裁判官が具体的な罪状・懲役年数を確定しますが、裁判員は罪状・懲役年数を裁判官とともに決定する役割も担っております。
この辺は聞きかじりの私より、一ノ風くんの方が詳しいかと思いますが。
異動の記事からたどってきました。
陪審員制度を実感できるのはやはり海外ドラマ
「Practice」という弁護士ドラマ。
面白かったです。
感想として、裁判官の個人の経験や過去の判例によって裁かれるよりは、さまざまな人種・性別の人々からなる陪審員によって評決を下されるほうが、裁判としては公平なのでは、と感じましたよ。
ドラマで描かれていた裁判とは、陪審員には人を裁く上での悩み、苦しみがあったり、陪審員を味方につけようという検事・弁護士の駆け引きあり、とドロドロしてました。
とてもオススメなドラマでしたが、残念ながらケーブルTVでのみの放映でした・・・
スイマセン
ドラマかー。見てみたいけど、ケーブルTVのみの放映じゃ見れないか。残念。
陪審員制度の話は貴女の方がよっぽど詳しいだろうね。今度教えてくださいませ。