
サクサイワマン遺跡はクスコ市内から車で15分ほど行ったところにあり、ピューマの頭に相当する遺跡である。
都クスコが1533年にスペイン人に征服された後、15代皇帝:マンコ・インカが1535年このサクサイワマンに篭って戦ったらしい。あっさり負けたみたいだけど。
クスコの石組も凄かったが、サクサイワマンの巨石による石組もこれまた凄い!
そして、再びガイドの説明に思わず「へぇ!」
ガイドによるとサクサイワマンSacsayhuamanとは3つの語源があるらしい。
・ピューマの頭
・忘れた(てへ)
・Sexy Woman(セクシーウーマン)
まあ、「3つ目は何だ!」と突っ込みたくなりますが、ここはラテンアメリカンジョークということで許してあげましょう。定番のギャグだそうです。
で、この遺跡は先に述べたようにスペイン征服者とインカの間で戦闘があったことから要塞と捉えられがちだが、それは大きな間違いで、この遺跡はインカでも重要な位置を占める神殿であったということ。
コリカンチャ:太陽の神殿と、このサクサイワマン遺跡は対の関係になったと考えられており、このサクサイワマンでは雷の神を祭っていたらしい。
コリカンチャ:太陽の神殿から儀式が始り、サクサイワマンで完結するだの色々言っていたが、半分以上忘れてしまった。てへ。
で、ここの石組も相当凄いわけですが、この巨石は地質学的に湖の底にあったものらしく、じゃあそれはどこから持ってきたんだというと、何でもこの近くに昔は湖がいくつかあり、おそらくそこから採石したと考えられるとのこと。


これだけの巨石を運ぶ方法はエジプトのピラミッドと同じように、丸太を並べてその上を大人数で時間をかけて運んだと考えられている。
遺跡には上部に巨石を運ぶためのジグザグの道も存在していたらしい。
インカ人は建造物を作る前に精巧な模型を作ってシミュレーションを行ったらしく、事前に相当な準備・計画が為されたものと考えられるらしい。
また、インカ人はサイフォンの原理を知っていたらしく、遺跡上部にある塔まで水を汲み上げていたとのこと。
もう、ここまで来ると凄い文明である。本当かよ?と疑ってしまう。
するとガイドもみんなの考えていることが分かるのか、「確かにインカの建築物は優れており、秘薬で石を自由に加工できたとか、宇宙人が手を貸したんだ、等の説が存在する。しかし、少なくともクスコの町を見れば分かるようにインカの文明・遺産は今もこのペルーに残っており、それは疑いようもない事実だ」と述べた。
うむ、なかなか良い事を言う。私もオカルトチックに考えるのは大嫌いである。
しかし、そういう考えに逃避したくなるほど、インカの建築技術は素晴らしいということだ。
ただ残念なことに今のサクサイワマンは本来の40%程度しか残っていないらしい。
実は20世紀半ばまでこの石組は政府にお金を払えば自由に切り取り放題で、クスコの住民はどんどんここから石を取って自分達の家を作るために使ってしまったそうな。その後政府がようやく保護に乗り出し今の姿を保っているのだが、何とも割り切れない話である。
ちなみにこの遺跡からはクスコの町並みが一望できる。素晴らしい景色だし、またこの遺跡がクスコの都市計画上も重要な位置を占めていたことが一目でわかる。





